愛媛縣護國神社裏千家流茶道教室
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第九回稽古日 7月7日 13時~17時(森光宗芳先生)
第十回稽古日 7月8日 10時~15時(江戸宗禮先生)
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こんにちは、
人生楽笑(じんせいらくしょう)末吉(すえきち)です(⌒▽⌒)
昨日のお話。
『今日もお参りに来たよ。』
老人は笑顔で社務所に来られました。
『いつもご参拝ありがとうございます。ご一緒させて頂きます。』
一緒に拝礼をし、お話をお聞きしました。
実は、初めて御参拝されたとき、
末吉は怒られました。
『どうして今の若者は参拝してくれないんだ!』と。
突然のことでびっくりし、唖然とするしかありませんでした。
もしかして、ちょっとおかしな人かなとさえ思ったほどですw
『落ち着いて下さい。まずはどうしてそうおっしゃるのかお話をお伺いしたいのですが』
と申し出ると、しばらくしてポツリポツリと話をして下さいました。
『突然悪かったのぅ。
でも、悔しくて・・・歯がゆくて・・・やりきれんのよ。
いきなり怒鳴って悪かった。
ワシはある航空隊に所属していたんじゃけどね・・・戦友は次々と出撃し戦死していったんよ。
もちろん、私も身辺整理をし、お国にこの命を捧げる覚悟でおった。
当時所属していた隊の周辺はな、敵の空襲で多くの犠牲者が出て、あたり一面は友軍の・・・・・・友軍の戦死者でいっぱいじゃったわい・・・。
手が千切れ・・・足がもげ・・・血が飛び散り・・・とにかく凄惨この上ない状況よ。
厳しい訓練を受けて、技術を身につけ、一機でも多く撃墜してやろうと誓った戦友が、目の前で変わり果てた姿になっとるんよ。
考えてみぃ?
ワシもそうなるはずじゃった・・・でも、私の番が来る前に終戦になってなぁ。
戦友とはな、潔く靖國の桜となって散ろう・・・そう言ってたんじゃ・・・
そして、きっと後に続く者たちがワシらの意を継いでくれると・・・
そう信じとった。
しかし、戦後60年以上経ってどうじゃね?
慰霊どころか、ワシらが悪いことをしたように扱われ、戦友たちの想いがないがしろになっとる。
なぁ、なんでワシらの戦友のためにお参りがないんじゃ?
なぜ若者はワシらのことを理解し、戦友のために涙を流してくれんのじゃ?』
それから約2時間余り、
末吉たちのご奉仕、関係者、関連諸団体の皆様方のご尽力のこと、
心を同じくするものの英霊への想いなど、
とにかくいろいろなことを話しました。
『少し安心したよ。
でも、まだまだじゃ。
末吉さん、もっと多くの人にワシらの想いを伝えてくれんじゃろか?』
『できる限りのことは致します』
『じゃあ、約束ぞ。お参りに来るときに確認にくるけぇ。』
それ以来、ご参拝の折には、
冒頭のようにお声をかけて下さってます。
切なるおもいをまた一つお聞きし、
今更ながらその責任の重さを痛感しました。
いつか、いつの日か、きっと
愛媛県民が、
日本国民が、
心を一つにし、
英霊に慰霊顕彰を捧げる日がくることをおもいながら、
本日もご奉仕しております。
~本日の予定~
①万灯みたままつり準備
~明日の予定~
①万灯みたままつり準備
~明後日の予定~
①愛知縣護國神社正式参拝 午前10時30分~