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(詳しくはコチラをクリック)
第五回稽古日 6月9日 13時~17時(森光宗芳先生)
第六回稽古日 6月10日 10時~15時(江戸宗禮先生)
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こんにちは、
人生楽笑(じんせいらくしょう)末吉(すえきち)です(⌒▽⌒)
本日は海軍記念日。
明治38年、我が郷土出身、参謀秋山真之閣下の丁字戦法により、
ロシアバルチック艦隊を撃滅した、記念すべき日であります。
末吉、
朝拝の前に海軍戦没者慰霊碑にお参りしました。
さて、
4月7日、茂木史朗命の記事を書いたのを覚えてますか?
詳しくはこちらをご覧になってください
↓ ↓ ↓
http://www.gokoku.org/topics/?p=4269#comments
この記事に対し、、
ここ数日、戦艦大和、第二艦隊戦没者のご遺族の方々からコメントを頂戴し、
末吉、超興奮しております。。。
まさか、このような多くの方々からコメントを頂戴するなど、
夢にも思いませんでしたので、嬉しくてしょうがありません。
改めて、S様、関係各位の皆様方、本当にありがとうございました。
郷土出身の御祭神であります、茂木史朗命。
愛媛万葉苑保存会 藤原 茂氏が書かれた文書がありますので、
海軍記念日の本日、ご紹介したく思います。
戦艦大和に眠る
県人茂木航海長
(藤 原 茂)
先日漸く呉の「大和ミュージアム」を見学することができた。実は映画「男たちの大和」のロケ用に一部実物大の
「戦艦大和」が再現され、映画と共に好評で、世間の話題をさらった時期があった。
そのころ私はその大和の羅針艦橋に立ってみたいと念願していたが、果たすことはできなかった。大和には第一艦橋(昼戦用)と第二艦橋(夜戦用)があって、第二を羅針艦橋と呼んでいる。海底に眠っている戦艦大和のその羅針儀には、わが身を結わえて艦と運命を共にした県人の茂木史郎航海長(大佐)が眠っておられるからである。
私は映画を観て暫く経ったころ、偶然にも茂木航海長のお墓が市内桑原町桑原寺(宗賢寺)にあることを知り、早速お参りしたことがある。
お墓は境内の一角に立派な五輪と墓碑があり、墓碑には一㍍余りの「戦艦大和」の勇姿が焼き付けられていた。
正五位勲三等旭日中綬章故海軍大佐茂木史郎の碑と刻まれた墓碑には、「明治三十八年温泉郡桑原村に生まれる 松山中学校四年終了後海軍兵学校に進み大正十四年七月同校卒業 昭和十四年一月から海軍兵学校教官を務めたあと…中略…昭和二十年二月には戦艦「大和」の航海長に就任する…中略…同艦は沖縄上陸の米軍に対する菊水一号作戦に海上特攻出撃…中略… 四月七日艦載機延べ三百機の波状攻撃を受けてついに十四時二十三分九州西南方五十海里の海中に没した…中略…航海長は艦橋の主羅針儀に身体を縛り退艦勧告にも耳を貸すことなく艦と運命を共にした 享年四十歳 平成四年八月 建之」とあった。
恐らくは、平成四年といえば、五十回遠忌を前にして、永らく耐え忍んでこられたご遺族が、万感の思いをこめて建立されたものであろう。
ミュージアムの十分の一の模型は、世界最大といわれた戦艦大和を偲ぶには余りにも貧弱すぎたが、館内の資料等から十分な理解と感銘を受けることができた。
改めて当時の状況を再現すると、四月七日十四時十二~七分ころ第四波の猛攻撃を受け、副長の「傾斜復旧の見込みなし」の報告で、有賀艦長は「総員最上甲板」を発令。茂木航海長に「艦を北向きに」と下命した。伊藤艦隊司令長官は「作戦中止」を命令。幕僚をねぎらった後「私は残るがお前たちはすぐ駆逐艦を呼んで移り艦隊を収拾しろ」と命令された。皆が「長官も行きましょう」と申し上げると「私は残る。君たちが行くのは私の命令だ!」と厳命して長官室へ消えた。
その後艦長有賀大佐は、防空指揮所中央の主羅針儀に、航海長茂木大佐は艦橋の主羅針儀に、それぞれ身体を縛り退艦勧告にも耳を貸すことなく艦と運命を共にされた。
古くはタイタニック号のスミス船長のように、艦船と運命を共にするのは海の男の美学でもあった。しかし戦況が厳しくなってからは、わが海軍では人材の徒な損失を防ぐため「沈没に際して、艦長は艦と運命を共にする必要はない」という通達があったようだが、艦長や船長にとっては、沈み行く艦船からの退去は、耐え難い行動なのであろう。
私も学生のころ、乗っていた輸送船が魚雷攻撃を受けて沈没した。漂流しながら、船長が挙手のまま波間に消えてゆくのを目撃したが、その光景は今も脳裏から離れない。
さきの大戦では多くの人材が国に殉じているが、ここにもまた、郷党の先人に続いたであろうあたら逸材が、国のため至誠に殉じていたのである。因みに戦艦大和と共に散った県人は十八名である。せめて大和を語る時には、彼ら殉国の士にも思いを寄せ遺徳を偲びたいものである。
~本日の予定~
①第四回稽古日 5月27日 10時~15時(江戸宗禮先生)
②海軍記念日
~明日の予定~
①特にありません
~明後日の予定~
①末吉、お休みです